劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

スタッフトーク付き上映会<新宿ピカデリー>
オフィシャルレポート

※本レポートには『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の本編の内容が多く含まれます。ご鑑賞後にお読みいただくことをお勧めいたします。

2020年12月3日、ロングランを感謝して、新宿ピカデリーにて『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』スタッフトーク付上映会が開催されました。今回は、監督・石立太一さん、音楽・Evan Callさん、世界観設定・鈴木貴昭さん、プロデューサー・八田真一郎さん、MCとして音楽プロデューサー・斎藤滋さん、5名の登壇者から『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が出来上がるまでの制作秘話が語られました。

斎藤:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(以下、『ヴァイオレット』)は元々、京都アニメーションが主催する「京都アニメーション大賞」という公募で初の「大賞」を受賞した小説です。まずは、受賞した応募作を読んだ時の印象をお聞きしたいと思います。
最初に脚本の吉田玲子さんからコメントをいただいていますのでご紹介します。

〈吉田玲子 コメント〉
自分は不幸なのに、他人を幸せにする手紙を書く少女。その姿が強く印象に残りました。

斎藤:石立監督、応募作を読んだ時の思い出はありますか?

石立:当時は審査員という形で読ませていただきました。応募作の状態であるにもかかわらず、話の続きが気になって、最後まで一気に読みきってしまいました。世界観も含めてすごいお話を書かれる方だなあと思い、一目ぼれみたいにその世界に引き込まれ、何かしらの形で世に出したいなと、すぐに思いました。

斎藤:八田さんは当時の思い出はありますか?

八田:結構な人数の審査員がいましたが、満場一致で続きが読みたいと話題になっていました。文章力も含めて、圧倒的に読ませる力があって、これは「大賞」に間違いないだろうと。「どれくらい面白かったか?」を様々な基準で審査員が個別採点するんですが、みんな「◯」ばかり……みたいな。議論する余地がなかったですね。

石立:「◯/△/×」をつける簡単な審査表でしたが、すごく惹かれたので、この段階でアピールしておこうと思い、「僕はこの作品を気に入っているぞ」というのがわかるように「◎」をつけました。もちろんその段階では、監督候補などは何も決まっていなかったので、下心も込めて(笑)。

斎藤:京都アニメーション大賞初の「大賞」でしたよね。すごいことが起こったぞ、という予感はありましたか?

八田:審査員で参加していた演出スタッフ陣が、評価の時から「これをアニメ化したらどうなるんだろう?」という議論をしており、先ほど石立監督が言われたように「俺にやらせろ」というような空気感の中で審査していたのを覚えています。

斎藤:鈴木さんはその時はまだ関わられていなかったですよね?

鈴木:そうですね。関わるのはその後です。

斎藤:後日、原稿を読まれた時、どういう印象を受けましたか?

鈴木:最初から完成度が高く、ガラス細工のように繊細で美しい文章で、ヴァイオレットも魅力的だったので、はじめ「どうするんだろう?」と思いました。私が呼ばれた以上、アニメ化することは前提だと思うけれども、「さて自分は何をしなければいけないんだろう?」と思いました。

斎藤:僕も八田さんから原稿を送っていただいて、読んだらめちゃくちゃ好きになってしまったんですよね。ヴァイオレットのことが大好きになってしまって、以後、製作委員会の中では「ファン代表」みたいに言われていましたね。選択肢で迷った時に、「ファンとしてどう思う?」と聞かれたり。

鈴木:そうでしたね。

──最初期の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の企画について

斎藤:『ヴァイオレット』のアニメの企画立ち上げは、どういう順序で進んでいったのでしょうか?

八田:「大賞」をとった作品ですので、是が非でもアニメ化をしたいということで、当時監督候補であった石立さんと話をしながら、まず企画書を作りました。この企画書は製作委員会を構成するために作る「こういった内容のアニメを制作したいのでチームを作っていきましょう」というものですが、書くことが多すぎて……。いわゆる「作りたい」という思いが強すぎて、何枚も書いた覚えがありますね。
3、4回作り直した覚えがあります。思いが強すぎて感想文みたいになってしまって。これでは企画書としてまずいだろうと、作り直して。その後、企画書と原作を委員会各社に読んでもらい、「是非アニメ化していきましょう」とプロジェクトが立ち上がったという流れですね。

斎藤:当時から「世界を意識して」というキーワードがあったと思いますが、八田さんが企画書を書かれる時に「世界へ向けて」という意識はありましたか?

八田:出てくるキャラクターや世界観が海外を思わせる雰囲気を持っていましたので、国内のファンのみならず海外へも届くような作品になるのではないかなという、漠然としたイメージはありました。

斎藤:のちほど詳しく語りますが原作文庫CM第1弾を公開した時に告知した「アニメ化企画進行中」の発表をいろんな国の言語で表現していましたよね。その辺りから既に「『ヴァイオレット』は世界に向けていく」という意思を出していたんですよね。

八田:8ヶ国語の表記を出すことで世界中の皆さんにどういう反応をしていただけるのかという、一つの指標として出させていただきました。

斎藤:このCMでは楽曲「Violet Snow」(歌:結城アイラ)を制作しました。歌われている歌詞をお客様が自由に翻訳できるよう、翻訳可の設定にしてKyoaniChannel(YouTube)で公開されましたが、気がつけば何十言語にも翻訳されていたんですよね。それを受けて、製作陣も世界のファンの方々を意識していこうという気持ちが固まりましたね。

八田:翻訳の設定については、確か斎藤さんが提案してくださいましたね。本当に多くの方にいろんな関わり方をしていただいたと思っています。

斎藤:アニメ化の企画が動いていくにつれて、脚本の打合せなどが始まっていきますが、吉田玲子さんとどんな話をしてコンセプトを組み立てていったのかを聞いていこうと思います。こちらも、吉田さんからコメントをいただいています。

〈吉田玲子 コメント〉
原作はすでにヴァイオレットが自動手記人形(ドール)として働いているところから始まっていますが、アニメーションでは、なぜその仕事に就いたのか、その前談から描こうということになりました。自動手記人形(ドール)という仕事を説得力のあるものにするために、世界観設定の鈴木さんとご一緒にまず、ヴァイオレットが生きる世界を組み立てていきました。

斎藤:初期の頃、吉田さんとどんな会話をされたのか。石立さん、思い出はありますか?

石立:原作のままでも面白く読ませていただきましたし、ヴァイオレットも十分魅力的なキャラクターに見えていたので、「これでいいじゃないか」と僕は思っていました。そんな中、吉田さんから「ヴァイオレットというキャラクターをなるべく丁寧に、見てくださるお客様がわかりやすいようにするのはどうか」という提案をいただいたんです。彼女が何をもって、どうしてそうなったのか。成長の過程をより分かりやすく再構成する。それを聞いて、なるほど、と。とはいえ、僕自身が原作のファンになってしまっていたので、「原作のままでも面白いんだよ!」と当時思っていました(笑)。でも、こうして『劇場版』が完成し『ヴァイオレット』という作品を振り返ってみると、アニメーションとしてヴァイオレットを丁寧に少しずつ時間を追って描くことの意味を実感し、今に至っては良かったなと思っていて。「吉田さんすごいな」と思いました。

鈴木:実際、TVシリーズは第10話のアン・マグノリアの話から始めよう、という意見もありましたよね。

石立:ああ、そうですね。

斎藤:僕も当時、原作が好きすぎて、変えて欲しくない派だったんですよね。

石立:そうですよね。だから共闘していましたよね。

斎藤:原作通りだったら、無限に話が作れるじゃないかと。僕は永遠にヴァイオレットと一緒に居たいんだ!と。

石立:「10年続けましょう!」みたいなこと言っていましたよね。

斎藤:終わらせずに、手紙の話ならいくらでも書ける……。

石立:それは無理だなと思っていました! カロリーが高すぎて毎週作れるような作品じゃない(笑)。

斎藤:当時もそう言われたのを覚えています(笑)。それくらい原作も素晴らしかったけれども、吉田さんの提案で少しずつ変わっていき、ヴァイオレットの世界を作らなくてはならないということで、ここで鈴木さんの登場です。鈴木さんは吉田さんから声をかけられたんですよね。

鈴木:まず原作小説の設定からお手伝いいただけないかというお話でした。

──世界観設定について

斎藤:それでは、世界観設定というお仕事を説明いただいていいでしょうか。

鈴木:『ヴァイオレット』は架空世界なので、その架空世界を丸々一個作り上げるのが、世界観設定ですね。現実にある世界の場合は、現実のものをそのまま置けばいいんですけれど。(作画をする上で必要な基本資料を提供するために)そこに生きている人々がどんな生活をして、何を食べて、どういう家に住んでいて、どういう文化を持っているか。また、その文化ができる背景は何かといったことを決めていきます。

斎藤:では、画像を見ながら解説をしていただきましょう。

鈴木:これはテルシス大陸の植生図ですね。テルシス大陸については、原作にぼんやりとした全体像がありました。この辺りがライデン、こちら側に敵がいて、この辺りに町があって……と簡単に書かれていたものがあったのですが、そこからさらに細かく作り込み、鉄道網はどうなっているのか、どんな国が他にあるのか、地形的にどうなっていて植生がどうなっているのか、人は何を食べて、どんな服を着ているのかなどを考えました。あと、アニメにする場合こういう作品だと建物などを考えた時、「わかりやすいヨーロッパ」になりがちですが、石立監督と吉田さんから、少しアジアっぽさも入れたいと。原作小説では豆腐を食べていたり(※原作小説では「豆腐のハンバーグ」が登場する)というアジアっぽさもあるので、その辺の要素を入れていきたいというのがありました。
ライデンは大陸の一番南側にあるので、このサイズの大陸で南にあるということは、欧風の建物にすると暑くて住めないだろう。ということで、コロニアル様式、いわゆるヨーロッパの人たちがアジアの街に作った、窓が広くて通気性が良く、窓の外にベランダがあって緑をたくさん置けるような建物にしよう、と設定しました。
平均気温がどれくらいで、いつが雨期だとかの設定も一応作りました。地図はこれだけではなく、テルシス大陸以外にも大陸があるので、そのあたりの見える世界地図もあります。

斎藤:今回の『劇場版』で出てくるエカルテ島はここには載っていないですね?

鈴木:そうですね。これには小さい島は描かれていないので。

斎藤:これを一人で考えるんですよね? すごくないですか?

石立:作れません!

一同:(笑)。

斎藤:石立監督は、世界観設定についての鈴木さんとのやりとりは覚えていますか?

石立:先ほどアジアっぽさというお話がありましたが、ヴァイオレットがそもそも自動手記人形(ドール)という職業をしていて、「すごく着飾ったお人形さん」のような形容をされ、ある種、俗世から浮いているような出で立ちです。しかし、ヨーロッパ圏の街並みにしてしまうと、意外と馴染んでしまう。彼女の浮世離れしているというところを、絵的なところでも強調できないかと思い、少しアジアっぽい印象を舞台の中に入れることで、ヴァイオレットを際立たせたいという話をしていたという記憶があります。

鈴木:これは、ライデンシャフトリヒの地図です。ライデンシャフトリヒの街を全て作ってほしいというお話があって、自分が夢見る城塞都市を作るいい機会だなと思ったのですが、それをやると作るのに一年以上かかるので、泣く泣く諦めました。石立監督から「山があって、山から海が見えて、南の方に開けている街であって欲しい」と言われ、地中海に面した土地を考え、イメージしたのはイタリアのジェノバでした。そのイメージした街に、アジア圏のコロニアル様式の建物を置いていくという形で作っていきました。地図にある「通り」ひとつひとつにも名前をつけていき、最後にはほぼ全ての「通り」に名前がつきました。C.H郵便社の建物は坂の上の方にありますが、昔あのあたりは高級住宅地だったけれども、不便になってきて安く手に入れることができた、という設定になっています。C.H郵便社を坂の上に作ってほしいと石立監督から要望がありましたね。

斎藤:この地図が出てきた時、石立監督はどんなお気持ちでしたか?

石立:とってつけた舞台ではなく、「通り」の名前それぞれにも意味が込められていて、どういう文化と歴史からこの国ができたのか、この街が成り立っていった背景を「通り」の名前からも連想できる。その「通り」で何が起きるとドラマチックなのかと、そこから物語ができる。想像力を掻き立てられたので、とてもありがたかったです。ほどんどの「通り」を使っていませんが!(笑)

鈴木:でも、配達する郵便の宛先に使っていましたよね?

石立:そうですね。テルシス大陸の言語、「テルシス語」を鈴木さんに作っていただいたんですが、TVシリーズも含め、劇中に出てくるテルシス語は全て翻訳すればちゃんと読めるようになっているので、「通り」の名前がきちんと書かれていたりします。

斎藤:劇中に出てくる手紙や新聞の切り抜きなどは全て読めるんですよね。

石立:全て読めます!

鈴木:本も読めますよね。

石立:ギルベルトがヴァイオレットに読み聞かせた絵本もちゃんと内容があります。

鈴木:あれは、割と大変でしたね。

[追記]
一連の作業の中で一番大変で時間が掛かった作業はテルシス語への翻訳です。文字が大きな意味を持つ作品なので、監督からのオーダーで、画面を一目見て意味が分かるようではそれらしくない。だけどでたらめな文字列じゃなくて、ちゃんと法則性があって頑張れば解読できるようにして欲しいと。なので、頂いたテキストを一度英語にして、それを別言語に変換、更に暗号解読の基本的なテクニックであるAのような頻出する文字を抽出して解読するのに対応して、簡単な変換を掛けています。最初はマクロを組んで日本語を入力すれば全部変換できるシステムにしようとしたのですが、それが面倒で自分でやった方が早いと思ったんですが、まさか劇場版ではもの凄い量の言語変換があって気が遠くなりました。なお途中で覚えてしまって変換表がなくても作業できるようになりました。(鈴木)

斎藤:さて、このライデンシャフトリヒの街ですけれども、3Dで作ったと聞きましたが?

石立:そうなんです。この街の3Dモデリングを3D担当のスタッフたちが全て作ったんですよ。「必要だから!」と僕が頼み込んで、街一つ、全て3Dで組んでもらったんです。……それなのに、1回しか使わなかったんです……! 本当に申し訳ないことをしたなと思っています。

斎藤:第1話の冒頭ですよね。

石立:3Dのモデリング上で見ると「通り」が実際どれくらいの幅なのか、下から見た高台の高さはどれくらいに見えるのかなど、わかりやすくて、レイアウトの参考にさせてもらいました。本当にみんな頑張って作ってくれました。

斎藤:街一つ作るって、大変な労力ですよね。それがあったおかげで、深みのある設定が色々と生まれたのかもしれませんね。

──文庫CMの制作エピソードについて

斎藤:こうした設定を作りながら、アニメ本編の制作が進められていったわけですけれども、最初に制作されたのが文庫CM第1弾なんですよね。

八田:文庫のCMと言いつつ、TVシリーズのティザーという立ち位置で制作しました。このCMでぜひお伝えしたいのは、タイプライターのことでしょうか。

石立:TVシリーズ、『外伝』、『劇場版』のタイプライターは基本的には3Dで制作しているんですが、文庫CM第1弾に登場するタイプライターは手描きなんです。京都アニメーションの中でも屈指の原画スタッフが描いたのですが、1カットだけで一ヶ月かかっていました。おかげで、タイプライターを手描きにするのは制作スケジュール上難しいということに気づけて、3Dモデリングにすることになりました。これは文庫CM第1弾を制作して初めてわかりましたね。当時、「文庫CM第1弾が、多くの人に響くかどうかで作品としてのその後を決める」という話をされ、全身全霊で制作に取り掛かろうと思い、まずは全て手描きで、と決めて制作した結果なんですよね。

斎藤:制作期間中は、進捗があるたびに八田さんから「すごいのができてる……」という報告を受けていましたよ。

八田:枚数と制作期間をどれだけ使うのかな……っていうのもありまして(笑)。映像はもちろん素晴らしいものだったんですけど。「Violet Snow」がここから生まれたというのも大きな成果だったのかなと思います。

斎藤:「Violet Snow」は歌を2回収録したんです。1回目は僕にお任せいただいて収録したんですが、石立監督から「ちょっと違うかなあ」とリテイクをいただいたんです。これは、石立監督にも収録に立ち会っていただいた方が絶対後悔しないなと思ったので、東京のスタジオに来てもらって再収録をしました。

石立:その節はありがとうございました。

斎藤:あのこだわりがあったからこそ、歌と映像がばっちりシンクロしたんです。すごいなと実感しました。八田さんも「Violet Snow」に夢中になられていましたよね。

八田:非常に良い曲だったので、各国語バージョンでぜひ作りませんかという話をしたのを覚えています。

斎藤:後から英語、中国語、韓国語、フランス語バージョンもアップしましたね。

「VioletSnow」各国語バージョン

斎藤:文庫CM第1弾の後、制作したのが文庫CM第2弾です。当時TVシリーズの制作も進んでいたので、音楽はEvanさんに作ってもらいました。初めは『ヴァイオレット』の原作を読んだ上で、自由に作ってくださいというオーダーをしましたね。

Evan:楽曲の制作に取り掛かる前に打ち合わせをしましょうということになり、急いで原作を読んで、打ち合わせの前に1曲つくりました。それを斎藤さんに聞いてもらったら、そのまま石立監督にもプレゼンすることになって、「良かった」というお返事をもらいました。

石立:『ヴァイオレット』を制作していく上で、音楽には期待と不安の両方を感じていたんですけれど、Evanさんが初めに制作してくださった音楽は、メロディの中にタイプライターのキーを叩く音とか、手紙にインクペンを走らせているときの音を取り入れてくださっていて、シンプルなアイデアかもしれませんが、打ち合わせもしていない段階でアグレッシブに取り入れてくれるこの思い切りの良さがすごく良いなと思いました。実際その曲をいたく気に入ってしまって、「そのままCMの曲にしていいですか?」っていうお願いを僕からしたんです。

Evan:あの曲のメロディはTVシリーズ、『外伝』、『劇場版』を通してのメインテーマ的なメロディになりました。『劇場版』にもメインテーマはありますが、最初につくったあのメロディも気持ちの良いところで使わせていただきました。

斎藤:楽曲制作にあたって、初めて原作を読んだ時はどうでしたか?

Evan:すごく素敵な話でした。特にエイダンの話は非常にグっときました。読みながら、すぐに曲を作らないと気持ちがどんどん薄くなってしまうと思って、衝動にまかせて楽曲制作に取り掛かりました。

──ロケハンについてのエピソードについて

斎藤:こういう過程を経て、アニメの制作が進んでいったわけですが、ここにいるメンバーで何か所かロケハンにも行きましたよね。

鈴木:『ヴァイオレット』の世界のイメージの一つとなったコロニアル様式の建物がある場所をいくつか提案させていただき、まずは北海道へ行きました。

斎藤:『ヴァイオレット』の世界を作り上げていくための参考にしたという感じですよね。

鈴木:ディティールの部分のいろんなイメージを拾っていこうと思って取材させていただきました。

斎藤:この北海道のロケハンが、石立監督を始めとするスタッフとEvanの初対面でした。濃く作品を作っていくにはコミュニケーションが非常に大事だと思っているので、同じ時を過ごして同じ体験をして互いに“共通言語”を身に着けた方がより仲間になれるだろうと、Evanも誘いました。

Evan:斎藤さん以外のスタッフにお会いするのは初めてだったんですけれど、石立監督に渾身のギャグも披露させていただいたりして、有意義な時間を過ごすことができました。

石立:はい、Evanさんの人となりがすごく良く分かりました。

一同:(笑)。

斎藤:そして、北海道の他に訪れたのがドイツですね。

鈴木:石立監督が是非行きたいと言ったドイツの博物館には、小物とか衣装とかが所蔵されていました。あの時はドイツが酷暑で、かつ、ドイツにはエアコンが無いので全員疲労困憊でしたね。楽器の展示室が閉まっていたんですけれど、Evanさんが是非見たいといったら開けてくれましたね。

Evan:中々見る機会がない楽器がたくさんあったので、「開けてください!」って頼みました(笑)。

斎藤:ドイツでは『外伝』の参考にされた場所も訪れました。

鈴木:ドイツへロケハンに行ったときには脚本がほとんどできていたので、橋のところからヴァイオレットが学校を見るようにするとか、そういう具体的な話も現地でしていましたね。ドイツの技術関連を展示している博物館にも行きました。『劇場版』はまだ脚本が制作中でしたが、電話機などは確実に必要になると思ったので、取材してきました。ドイツに残る最初期のエレベーターなどはとてもシンプルなのですが、『外伝』ではこれじゃないということだったので、実際に描かれたものは違うタイプのエレベーターです。取材したお城はデビュタントシーンのモデルになりました。床の模様とかを参考にされていましたね。取材場所のフロアで藤田(春香)監督に頼まれて言われた通りにポーズをとったりしました(笑)。

斎藤:非常に有意義な時間になりましたよね。スタッフ同士でコミュニケーションをとることもできましたし。石立監督はドイツが大好きになったという話も聞きました。

石立:藤田監督とも話をしていましたが、北海道で見たコロニアル様式の建物とはまた違って、実際のヨーロッパ圏の建物は扉が想像以上に大きいということを実体験として知ることができました。なんでこんなに扉が大きく作られる必要があるんだろうかなどと考えたり、そういったところをTVシリーズでは表現できていたのかなっていう反省もしながら、『外伝』『劇場版』では生かしていこうという気持ちでとても有意義な時間を過ごさせていただきました。

斎藤:さらに、ドイツには縁が深くて『劇場版』の劇伴のレコーディングはドイツで行っています。

Evan:文化的に歴史のあるドイツのスタジオで録音させていただきました。スタジオ自体がとても広いため、音が長く響くんです。TVシリーズの劇伴は東京のスタジオで録音したんですけれど、音を近くに感じるなという印象だったのに対して、『劇場版』の劇伴は映画館で聞くものになるので、お客さんが聞く場所の大きさに合わせて深みのある音にしたいなと思いドイツのスタジオで録音させていただきました。チェロとバイオリンは300年前から使われているものだったので、とても気を使いました。

斎藤:実際のスタジオはどうでしたか?

Evan:すごく広くて、天井もとても高かったです。スタジオの側面一面に大きなカーテンがありまして、リズミカルな曲の時は閉めるんですけれど、『劇場版』の劇伴はスローな曲が多くメロディを聞かせるものだったので全部開けて、とても気持ち良く録音させていただきました。今回、オーケストラの編成を14型(第一バイオリン14人、第二バイオリン12人、ビオラ10人、チェロ8人、コントラバス6人)にしています。今まで録った中で最大の規模です。

斎藤:演奏者の方々も非常にすばらしかったですよね。

Evan:皆さん非常に情熱的で、とても気持ちの良い音楽を奏でてくれました。

斎藤:『劇場版』の劇伴らしい、大きな深みのある音を収録できたのはとても大きかったですね。

──ロングラン感謝、スタッフトーク付上映会に寄せてメッセージ

斎藤:続きまして、今回の上映会に寄せて脚本の吉田玲子さんと原作の暁佳奈さんからメッセージをいただいております。

〈吉田玲子 メッセージ〉
このような状況の中、多くの方に劇場に足をお運びいただき、本当にありがとうございます。苦しみ傷ついた先に、ようやく拓けたヴァイオレットの未来が、ご覧下さったみなさまの、希望の光になればうれしく思います。

〈暁佳奈 メッセージ〉
劇場版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』をご鑑賞頂き誠にありがとうございます。

この手紙は封をされた後にC.H郵便社が配達してくれる手はずになっているのですが、問題なく届いているでしょうか? 北国は雪が降っているので手紙が濡れて読めなくなっていないか心配です。でも、ベテランのポストマンが引き受けてくれるそうなのでおそらく大丈夫でしょう。

たくさんのお客様が劇場に足を運んでくださったと聞いて驚いています。
本当に嬉しいです。ありがとうございます。
この作品がそれだけお客様の人生の一部になれたということなのですね。

映画というのは体験することであり、お客様の貴重な時間を頂いてようやく実現出来ることです。劇場に足を運んで頂き、エンドロールで作った人々の名前を見てもらう。
文字で書くと簡単ですが、実際はそう容易なものではありません。

それがロングランともなれば、お客様同士の連鎖がなければ絶対に成し得ません。
観てくれた方が、少しずつ、少しずつ『良かったよ』、『貴方も観てよ、感想を教えて』と周囲の方に広めてくださって、ようやく叶う奇跡のようなものです。

優しさの連鎖をありがとう。たくさんの感謝を貴方に……。

……すみません、もう少しお礼の言葉を続けたいのですが。
いま、C.H郵便社のポストマンがこの手紙を後ろで覗きながら待っていて……そろそろ時間だから手紙に封蝋をしろと言われてしまいました。
彼はせっかちだし、定時で帰らせてあげたいのでこれで終わります。

最後にあと一言だけ、貴方の人生にもヴァイオレットに起きたような素晴らしい瞬間が訪れますように。

Sincerely,
暁 佳奈

斎藤:舞台挨拶も終了のお時間となりました。では最後に石立監督からご挨拶をお願いします。

石立:あらためまして『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』をご鑑賞いただき、本当にありがとうございました。暁佳奈さんのメッセージにもありましたように、ここに来てくださった皆さま、そして今日にいたるまでに観てくださった全ての方々に受け取っていただいて、作品として完成できたのだと思います。本当にうれしく思います。今作を制作するにあたって、十分わかってはいたつもりですが、作って、見ていただくということがどれだけ困難で大変なことかというのを非常に強く感じました。それだけに、こうしてたくさんの方に見ていただいて、少しでも「良かったよ」、「良かったんじゃない」というあたたかいお言葉をいただけると、僕だけじゃなく、ここにいるEvanさんも鈴木さんも八田さん、斎藤さんもそうですし、弊社のスタッフ、制作に関わったすべての方が、「頑張ってよかったな」と思うことができます。それも、見てくださった全てのお客様のおかげです。本当にありがとうございました。これからもこの作品を愛していただけたらうれしいです。本日は遅くまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。